- 大人のための‘終活’講座
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2012.01.28 Saturdayご案内
西日本新聞TNC文化サークル アイ&カルチャ天神で
4月から新しい講座が始まります。
大人のための’終活’講座
講師 波多江伸子
教室 西日本新聞会館16階
開講日 4月〜10月 月2回 第1・第3水曜日
午後1時〜2時半
授業料 月 4620円 (2ヶ月分前納)
「終活」って、「就活」の間違いじゃない?
いえいえ、間違いではありません。
人生の大仕事の大半を終えた私たち大人、
そろそろ店じまいに備えて
情報収集したり勉強するのもいいですよね。
・・という意味の’終活’講座です。
内容は実践的かつ具体的で、
意外と楽しいですよ。
:変わる日本人の死生観
:最後に後悔しないために
:尊厳死宣言書やドナーカードなどの事前指定書
:緩和ケアの知識 :在宅ホスピスの方法
:葬儀とお墓 :遺す言葉 :人生の年表 など
お問い合わせ・お申し込み
福岡市中央区天神!1ー4ー1
西日本新聞TNC文化サークル アイ&カルチャ天神
電話 092−721−3200
お待ちしています!
西日本新聞TNC文化サークルは福岡市の中心街・天神、
西日本新聞会館16Fにあります。
大丸デパートの1F、
花屋やカフェで華やかなエルガーラ通りからヒョイと
入ってエレベーターに乗ります。
- 老犬メグ
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2012.01.14 Saturday
わが家の飼い犬、メグ。
犬種はいちおうイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルです。
そろそろ12歳なので、この犬種としては後期高齢期に入ったようです。
足腰の関節が弱っているので、
坂道や階段を昇り降りすると、
膝が痛いらしく、しばしば「キャイン」と鳴きます。
平地を歩かせたいのですが
家が坂の上に建っているので
斜面や階段を通らなければ外出できません。
いつまで散歩ができるか、
心もとない老犬です。
こんな風なボウッとした目で
お気に入りの椅子に座って過ごします。
最近は椅子にも飛び乗れないので
抱いて乗せてやります。
(本当は椅子に乗ってはいけないのに)
「要支援状態」というところですかね。
ものすごい食いしん坊なので、
猫のメロンの食事時間には
台所に行って、横からご飯を食べるのを
覗いています。
メロンはとても不愉快そう。
「あっちへ行ってよ」と言うように
横目で睨むのですが
メロンが食べ終わったお皿を舐めるのが楽しみなのです。
足腰のためには減量が大事なので
ダイエット食を与えています。
それで、お腹が空くのでしょうね。
私たち飼い主が家を空けると
(うっかりして台所の扉をきちんと閉めてなかったときなど)
台所から食べ物を持ち出して庭でこっそり食べるのです。
飼い主がいないと案外元気に歩き回っているみたい。
こないだは、パンの袋とバターケースが庭に転がっていました。
トーストパンを1山食べてしまったようです。
バターも歯型がついて半分ほどに減っていました。
大変な食いしん坊ということ以外は
気立ての優しい犬なのですが。
足腰が痛いときは
いかにも痛そうな声で飼い主を呼びます。
そばの机で仕事をしている私は
「キューン・キューン」と悲しげな声で呼ばれると
パソコンの手を止めて
「はいはい、痛いのね。どこが?」と
言いながら、セッセとマッサージをしてあげるのです。
甘い飼い主ですね。
いつまで一緒にいられるかと
ハラハラしながら老犬を可愛がっています。
- 年賀状
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2012.01.06 Friday
どうぞ、平和で穏やかな一年でありますように
2012年 元旦
皆さま、つつがなく新年を迎えられましたか?
お久しぶりでございます。
昨年は数えるほどしか更新できなかったこのブログですが
今年は、こまめに、見たこと、考えたこと、行なったことを
お伝えしていきたいと思います。
お見限りなきよう、ときどき訪ねてくださいませ。
さて、日本のお正月といえば、
やっぱり富士山じゃないですか。
このところ、甚だしく、じいさん・ばあさん化した私たち夫婦、
年末年始を富士山を望む場所で過ごしたいと、
古典的な富士五湖めぐりのツアーに参加しました。
福岡空港→富士山静岡空港へ。
バスで身延山から八ヶ岳の温泉。
翌日がメインの富士五湖めぐりで、
最初の2つの湖では、富士山は雲の向こうに隠れていたのですが
3つ目の西湖あたりから見晴らしが良くなって
河口湖の遊覧船に乗ると、麗峰の全容を見ることができました。
船のデッキにもたれて、サービスの甘酒を片手に眺めた富士山が
いちばんきれいでした。
八ヶ岳の麓のホテルの屋上から
朝は、屋上から朝日に照らされた連山を見渡すことができ、
夜は真っ暗な空に無数の星がきらめいていました。
日蓮宗・身延山の展望台。
連れ合いと富士山を背景に記念撮影・・
のはずが、どうしたわけか、
富士山だけ消えてしまってますね。
信州長野。松本市の国宝松本城です。
まるで絵葉書のように綺麗に写真が撮れました。
黒い外見から烏城(うじょう)とも呼ばれるとか。
戦災を免れた松本市には、
戦前の日本の雰囲気が残っていて
静かで気品のある町でした。
ここ松本市の菅谷昭(すげのや あきら)市長は、
チェルノブイリの原発事故で被爆した
甲状腺がんの子供たちの治療に当たっていた外科医です。
信州大学医学部助教授を辞任して、チェルノブイリに隣接する
ベラルーシ共和国のミンスク市のがんセンターに赴き、
切れないメスや壊れた手術台と悪戦苦闘しながら
何年間も甲状腺がんの摘出手術に携わっていました。
誰よりも放射性ヨード131による甲状腺被爆の問題をわかっていた
医師だと思います。
この度の福島第一原発事故の2週間後
松本市の市長定例記者会見で、
菅谷市長は、たとえ避難したとしても
原発周辺に住んでいた子供たちには
早く安定ヨウ素を与えるべきだったと、
政府の対応が遅いことを批判しています。
私も、あの時の政府の(もしくは政治的な医療者)の対応は、
子供たちの将来に禍根を残すものであると思っています。
チェルノブイリ事故では、慢性的にヨード不足の土地柄ということもあり
通常10年後に発症する甲状腺がんが5年後から急増しています。
「甲状腺がんは死なないがんだから」という学者もいますが
死なないがんだからこそ大変なのだ、と
体験者の私は言いたいのです。
一生甲状腺ホルモン剤を服用し、
場所が悪いと私のように声帯を動かす神経の切断を
余儀なくされます。
私の本棚に、1998年に晶文社から出版された菅谷医師の
「チェルノブイリ診療記」という本があります。、
私は、当時から、チェルノブイリの小児甲状腺がんに関心を持っていたので
書店で見かけてすぐに購入したものです。
その中で、印象的だった記述があります。
ベラルーシの隣国ポーランドでは、政府が事故直後から
全国民に無機ヨード(安定ヨウ素のこと)を服用させ、
結果として小児甲状腺がんの増加は見られなかった。
しかし、事故そのものが隠されていた旧ソ連では
事故後、数ヶ月経ってヨード剤やヨード添加食摂取の摂取指示が出された時には、
もう予防の時期を失していたのでした。
「チェルノブイリ事故に対する行政機関の措置はあまりにも
非人道的で、その責任は極めて重い。
将来にわたり厳しく問われるべきであろう」
日本における福島第一原発の場合はどうなのでしょうか?
初期の対策は遅れたようですが
被爆した子供や若者に対して、
一生、早期発見の超音波検査が行われるというニュースを
耳にしました。
下の写真は、松本市の市街地で見つけた
チェルノブイリ医療基金のNPO事務所の看板です。
支援を続けているところがすごいですね。
- 大船渡市からのサンマ
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2011.10.02 Sunday
津波で大きな被害にあった
岩手県大船渡市の友人から
獲れたての、キラキラと銀色に輝く生サンマが届きました。
震災後、初物のサンマです。
友人が早くから私のために予約をしてくれていたのだそうです。
「何のお役にも立てないのに、貴重な初物を申し訳ない」
と、恐縮しつつ、
大変おいしくいただきました。
おご馳走さまでした。
サンマの入った箱に「鎌田水産」の名前が入っていました。
全国各地から寄せられた大漁旗をつけて
満艦飾で出港している鎌田水産の漁船の姿を
週刊誌で見ました。
大漁だといいですね。

サンマを焼く時は七輪の炭火で
盛大に焦げ目をつけた方がおいしいけれど
焦げは身体に悪いので
ロースターで控えめに焼きました。
猫のメロンが
残りにありつきたくて
テーブルの上を行ったり来たり、
「私にもちょうだい」と
デモをしていましたが
とうとう辛抱たまらず
手が出てしまいました。
下の写真がサンマを送ってくれた
友人の吉川伸子さんです。
(帽子と大きなマスクで、プライバシー保護状態ですが)
避難所の前で知り合いの河北新報の記者さんが
撮ってくれたものだそうです。
彼女は、「びわの会」という岩手のがん患者会のメンバーで
岩手県北上市での講演に呼んでいただいて以来の知り合いです。
偶然、私と同じ名前なので親しくなりました。
東北は、私の連れ合いが大学時代を過ごしたところでもあり
彼の親友やお世話になった下宿のおばさんが住んでいるところです。
私も青森・山形・岩手などに講演旅行をしていて知人も多く、
九州在住の私たちにとって縁浅からぬ地方なのです。
地震直後から、TVニュースでは
大船渡市三陸町の綾里地区が
津波に呑まれる映像を伝えています。
吉川さんの住所がまさにそこなのです。
無事かしらと気になって仕方ありませんでした。
少し落ち着いた頃
北上市在住の「びわの会」代表の高橋みよ子さんに
おそるおそる問い合わせると
吉川さんもご家族も無事で、
避難所で被災された方たちのお世話をしているとのことで
ほっとしました。高橋さんからもご本人からも
「心配しないで」と、この元気そうな写真が送られてきました。
帽子は、がんで化学療法をしていたときに
愛用していたものだそうです。
修羅場をくぐりぬける時の勝負帽?
「びわの会」会報に掲載されていた
吉川さんの文章がとてもよかったので
ここに引用させてもらいますね。
(吉川さんは、十勝沖、宮城沖、秋田沖など
たくさんの地震を経験しました。
ですから、反射板ストーブや非常用トイレ、
非常食や水など防災の備えをしていたそうです。
それで、ずいぶん助かったのだとか)
この震災で学んだことがたくさんありますが、
3つのことを強く感じています。
一つめは、やはり自然の持つ力はすごいということです。
あれほどすべてのものを飲み込んだ海は、
何事もなかったように
静かに波打っています。
憎い、悔しいといったところで
平然としているのです。
そして、梅も桜も例年と同じように咲いたのです。
そんな自然の中で人間はちっぽけな存在だということです。
人間の想定した高さの防波堤など、ものともせず崩し、
津波は押し寄せてきたのですから。
二つめは、人は一人では生きられないということです。
この四か月間(注=会報作成は7月)被災地は、
どれほどたくさんのひとに支えられながら立ち直って来たか。
遠くの国、遠くの県、遠くの市町村の方々の善意の数々。
(・・・中略・・・)
何もかも失ってしまいましたが、人の温かさという大切なものを
被災地の私たちは学びました。
三つめは、今日できることは、明日に延ばさないことです。
わたしたちは、明日があることを保証されていないということです。
今日一日を大事にし、
自分にとって大事な存在である人たちを思いやって
感謝をしながら生きていきたいと思うのです。
しかし、この三つめは震災だけに限ったことではなく、
私たちがん患者やその家族、関係者も
体験済みのことではないでしょうか。
がんを宣告されたとき、誰もがそう思ったはずです。
残念なことに、ときどき忘れかけることがありますが、
この震災が思い出させてくれました。
本当に大事なものって何だろう
・・・時々、津波の日のこと、
がんを告知された時のことを思い出し、
今を大事に生きていきたいと思いました。
いかがですか?
聡明な吉川さんらしい
素敵な文章ですよね。
- クリニックの料理教室
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2011.09.07 Wednesday
糖尿病と甲状腺の病気を持っている私。
この10年、福岡市西区姪浜の
ニ田哲博クリニックに通っています。
ニ田先生は、内分泌が専門のドクターなので
内分泌疾患の私にはぴったりのクリニック。
ここでは、患者さんのための運動教室や
ときどき料理教室も開かれています。
この度の料理教室の講師は管理栄養士さん。
テーマは野菜料理です。
私は野菜が大好きです。

みょうがやトマトや長芋など、ちょっと変わった食材をとり合わせたピクルス。
ミニトマトのピクルスは初めてですが、なかなかおいしいものです。
風味づけには、ホールの黒コショウ・鷹の爪・ショウガ片など。
わが家では、ゴロゴロに切った
レンコンのピクルスをよく作ります。
ピクリングスパイスを入れて
甘さを控えた洋風の味付けが
意外にレンコンにぴったりです。